日野原さん去年99歳でNYにてミュージカル舞台にたつ

2011年10月04日

『日野原さんのこれまでの人生』

小さい頃は病気がち、よど号のハイジャック事件に遭い人生ここで終わりか・・・と


日野原先生.jpg


小さい頃に腎臓病を患い、大学へ入学してからは結核で1年間休学を強いられた経験もあった。60歳まで生きられたら、それでいいかなと実は思っていた。それが180度変わったのは、1970年によど号のハイジャック事件に遭遇した時です。

――乗客として乗り合わせていた

福岡で開催される日本内科学会の総会に出席するために乗った飛行機がハイジャックされ、機内では赤軍派がダイナマイトや日本刀を持っていて「機動隊が来たら爆破する」と。そんな緊張状態が丸4日間続いて、韓国の金浦空港で解放され、タラップを降りて土を踏んだ瞬間、何だかそれまでと世界がまったく違って見えたんだ。「60歳で人生終わり」と思っていたけれど、いや違う、これから始まるんだとその時確信した。

――別の人生が与えられたと

60歳は還暦。普通なら「人生の晩年が始まる」と思うかもしれない。でも、僕は違った。本当に新しい人生が今から始まると思えた。ちょうど同じ頃に、哲学者マルチン・ブーバー氏の「人は創(はじ)めることを忘れなければ、いつまでも若くある」という言葉に出合っていてね。その言葉が非常に心にしみた。新しいことへの挑戦を続ければ、体は老いても心の若さは続くのだと。それからはもう挑戦の人生。人がやらない、新しいことを創めるようになった。この言葉への共感こそが僕のパワーになっているのかもしれない。

ミュージカル「葉っぱのフレディ−いのちの旅」の原案執筆、企画し、2010年7月にはNYで自ら舞台にも立った。

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2000年の初演以来、念願だったNY公演が実現。99歳の日野原さんも舞台にたった。



日野原 重明さん プロフィール
1911年山口県に生まれ、1942年京都帝国大学大学院を卒業し、専門は心臓病。1954年には、民間病院として初めて聖路加国際病院に人間ドックを解説し、1994年にはやかり日本で初めての独立型ホスピスを開設しました。「成人病」にかわる「生活習慣病」という新語の提案者も日野原氏。


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